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「やってみなよ」の話し
まち工房で一緒に活動している先輩というよりおじさんの話し 感銘を受けたというか、町外から移り住んで自分一人で会社を立ち上げ、 常に事業拡大し、商工会などでも役職についているだけあって やはりすごい人だなと思った人の話し 会話の中での話しで、、、、 「震災以来、(価値観について)何がよくて何が悪いかわからなくなった 世の中ががらりと変わって、誰もがわからない世界になってる だから、一緒にやって行こう やりたいこと応援するから、おれがやりたいことも応援してくれ」 と・・・ 話しの内容の中で、 「おれは昔からこうやってやってきたんだ」っていう親父いるけど バブル絶頂期のときと、この不景気になってからのやり方違うでしょ?って まして、過去に経験したことのない震災の後なんてまたやり方も変えるべきだし 変えなきゃダメ ただ、どう変えればいいかは誰もわからない だから、どんなことでもやってみなけりゃわからない と言ってました なんかおれの言い方じゃ伝わってない気がするけど # by i_love_tanagura | 2011-11-09 00:54
【青少年の主張】
メモとか書いている時間もなく、提出日が来てしまったので、 想いのまま書いてしまいました ただ、過去の あつぶろ を読んで、参考にしたことは間違いない 我ながらいい事言ってるなぁ~って思ったりして というわけで、提出する原稿載せときます 『諸活動を通して学んだこと』 「思い起ったら即行動」この言葉は、わたしが様々な活動を通して実感したことであり、常に行動をするときの指針となっている言葉です。 わたしは、商工会青年部やまち工房たなぐら、財団法人新町組などを通して、まちづくりなどの地域貢献活動や伝統文化の継承活動を行っています。 わたしが諸活動に積極的に参加するきっかけになったのはまち工房たなぐらでした。 わたしは、大学生の時、中心市街地活性化に関するゼミナールに所属し、まちづくりについて勉強しておりました。そして、大学4年の時には、実地調査を元にした卒業論文を書かなければならず、ちょうどその時、この棚倉町では全国の動向と同じように、まちづくり会社である、タウンマネジメント機関としてTMOまち工房たなぐらが設立されており、実地調査をさせていただき、また、同時にいろいろな方にお話を聞き、無事卒業論文を仕上げて卒業することができました。その恩もあり、5年前に棚倉に帰ってきてから、まち工房たなぐらを通して、まちづくり活動に参加するようになりました。 わたしは、まちづくりの活動を通して気づいたことがあります。それは、「まちづくり」は一般的には、まちのため、地域のためにやっていると思われがちですが、実は、自分のためになっているということです。実際に活動をすると、“まち”に貢献しているなと感じられればよいのですが、それよりも、いろいろなところに頭を下げて、協力のお願いに回ったり、知恵を絞ってメンバーに説得したり討論する過程の中で、自分が磨かれているな、成長させてもらっているなと感じることがよくあります。また、様々な人たちと出会い、関わり、様々な世代の様々な考えに触れることができることも、自分を成長させてくれる一因だと思います。そして、イベントなどが終わったときの達成感や充実感は何事にも変えられない体験であり、苦労するからできる体験だと思います。「一番苦労した人が、一番感動する」と以前言われたことがありますが、まさにその通りだと思いますし、常に実感しています。 世の中、一番苦労した人が一番損であるととらえられがちです。しかし、それは見方があまりにも浅いし、狭いし、被害妄想的です。自分から進んで苦労すれば、誰よりも感動することができます。「苦労は買ってでもしろ」と言った先人もいます。苦労をかって出ることが損ではなく得をするのです。自分が精一杯の努力をして活動した結果、みんなが喜んでくれる。「あー手抜きをせず、精一杯やってよかった」そんな経験を積み重ねることは、多くの感動を得ることであり、自らの人間的な成長をはかっていく方法、生活を豊かにする方法だと思います また、まちづくりの活動を通し、考え方が変わった点があります。それは、自分が思いついた案や他の人が出してきた提案について、以前はできるかできないかを考え、面倒なものはできない理由を考え、やらないという方向に持って行ってましたが、苦労の数だけ成長することに気づいてからは、無意識にも、できるかできないかではなく、「どうすればできるか」を考えるようになりました。この考えを持って、常に試行錯誤しながら行動していると、世の中にできないことはないのかもしれないとさえ思えてきます。この全て前向きに考える考え方は、何事も前進させ、自分自身も前進させるためには、大切なことだと思いました。 これらの考えが生まれる元になっているのは、やはり「思い起ったら即行動」という言葉でしょう。即ではないにしろ「行動」を起こしたからこそ得られた体験であり分かったことでもありあます。また、「やったからわかる」のだと思います。行動もせず、頭で考えているだけでは何も起きません。「俺はやったからわかるんだ!」と言われるのがわたしは嫌いです。だったら、自分も「やった人間になろう」と思い、常に行動し続けます。 こんな若輩者のわたしが、このようなことを胸を張って言えるのも、温かく見守り、時には支援して下さる先輩方のお陰だと感謝しております。 どうかみなさんも思い起ったことを行動に移してみてください。「やったからわかること」がたくさんあります。そして、何かをやろうと考えている人、行動に移している人が周りにいたら「どうせ出来ない」と言った批判的な見方や、「失敗したらどうするんだ」という余計な心配ではなく、「やってみなよ」と背中を押してあげてください。やらずに後悔するなら、やって後悔する方が得るものも多く、先に進めると思います。 これがわたしが様々な活動を通して学んだことです。 当日まではまだまだ時間があります 提出原稿通りのことを言わなくてもいいらしいので、ご意見ご感想お待ちしてます 姉からは、この若僧が何言ってんだと言われました でも、いろいろやって感じたことだからいいんじゃない? といつになくダメだしがなかった それが、やはり「やったからわかること」であり 姉は「やったことがないからわからない」から何も言えないのかな~と思ったりもした # by i_love_tanagura | 2011-11-06 23:10
というわけで、青少年の主張の原稿を書くためのキーワード思いつくもの書いてみます
・Let's try ・やったからわかる なら やった人間になろう ・新しいふつう ・行動力 ・自分がやりたいこと ・感謝 ・自分がやれること ・思い起ったら即行動 ・やらずに後悔するならやって後悔する ・若者の感性、感覚を殺す人=今までやってきたものと変われない いまいちパンチが足りないな・・・ # by i_love_tanagura | 2011-10-28 23:25
どういうわけか、青少年の主張発表に一般の部ででることになってしまいました
商工会青年部で話が出たときには断ったというか、スルーしたのに。。。 部長ごめんなさい 役場の担当の方の言い分は、 いろいろな活動をしているし、 自ら行動をお越しているから、主張することもあるでしょう 主張したいことがあるから、行動に出るのでしょう ということだった 実際、主張があって行動にお越している訳でもなく(ただ、やりたいことをやっているだけで) もし、主張があったとしても、『青少年の主張』なる場で話せるようなことではない でも、まぁ棚倉町のちっちゃな主張発表会だし、 自分が狙いを定めてピンポイントでお願いに行ったときに断られた時の ショックというか腹立たしさ、 「自分にできることなら、できるだけ協力しよう」というポリシー的なもの など、いろいろ考えて、そう考えれば断る理由もないわけで・・・ これにより、また役場から借りを作られているのだが、 この借りは返してもらえるのだろうかという疑問を持ちつつも、 まぁ最近はいろいろ協力していただいているからなとも思う 今回はそんなことを言いたかった訳ではなく、 主張発表の原稿を11月になったら書こうと思っている次第であるので 10月中、そのメモぐらいの勢いでこのブログに書いていこうと思う次第であります ボツになるネタも多々あると思う ただ、青少年の主張調で書く練習 と言いながらアツブロ調になるとは思うが # by i_love_tanagura | 2011-10-24 16:12
先回の書き込みに
『何かをやるときにある程度の『肩書』は必要だ 必ずしも必要ではないが、あれば便利だ』 と書いた (我が師)相田みつを は言っている 飾り物 あのねぇ 財産 肩書 地位 名誉 その他 自分についている 誇り高き飾り物を みんな落として すっぱだかに なってごらん 自分としての本当の 自分がわかるから ある意味、財産とか肩書とか地位とか名誉とかを嫌っているのかとも思える 誇り高き飾り物にすがらず、素の自分で勝負してみろと言っているとも思える 自分自身はなんなのかを問うているようにも思える まぁこの捉え方は、これを読んだ時の心情にも寄るもので、それが奥の深さなのだと思う ちなみに、相田みつをは自分の名刺に肩書は一切載せなかった 「自分には自慢できる肩書きは一切ない」という理由で。 名刺に書いてある肩書は自慢であるとは限りませんが、、、 大方、身の上を示すものだと思うが、たまに自慢のように肩書がいっぱい書いてある人がいる 名刺の裏に書かないと書きいれないほど書いている人もいる(笑) ちなみに、わたしの名刺にも肩書は書いてません 自慢できる肩書など一切ないので(笑) いや、いろんな場面で使いまわしできるようにデス (我が師)相田みつを にとって肩書などどうでもいいものだったのかなと思う だいぶ話はそれました それで、ある程度の肩書の話し 肩書はある程度でいいという話し 肩書があるとないとではだいぶ違います その肩書というのも『まち工房たなぐら の メンバー』 ぐらいの偉くもなんともない肩書 (『まち工房たなぐら』という名前に信頼があるのかもしれないが・・・ でも、『まち工房たなぐら』は何をやっているところなの?って聞かれるから 信頼もクソもなく、ただ単なる団体名としか一般的には取られていないと思う) 棚倉町のキャラクターたなちゃん の着ぐるみを初めて借りに行った時の話し。 まち工房のHPに載せる動画を取るために借りに行ったが、 取締役とかリーダーとかにその事業をやると報告したわけでもなく、了承を得たわけでもないので まち工房の名前を出すのはまだ早いと思い、個人名で借りようとした(←律儀デス) そうしたら、「いつ、どこで、だれが、どんなふうに・・・・何のために!?」 と根掘り葉掘り聞かれた というか、かなり不審に見られた (まだまだ自分の知名度がなかったんだな この知名度だって 相田みつを のいう『飾り物』だろうな) だから、面倒になって「まち工房で・・・」と一言言ったら即OK 『まち工房』っていう単なる団体名という肩書だけで、話しは通る ある程度の肩書 棚倉幼稚園の夕涼み会で和太鼓体験をさせてあげて欲しいという要望があり、 和太鼓の借用から搬入出、、、、と1から10まで全部請け負ったときの話し 簡単にいえば、和太鼓の借用の時の話し もうそこそこ、いとうあつし という人間は『まち工房たなぐら』で活動している人間だという認識ができているようなときだった 和太鼓を借りるという例が最近なかったらしく、どうすればいいのか職員もわからず、 まぁ無難に借用書用意しておきますから、印鑑お持ちくださいと。。。 用意してあった借用書には『使用団体:まち工房たなぐら』と・・・ この時、まち工房は全く関係ありませんでした 自分に『まち工房たなぐら』という肩書がなかったら、また1から説明をして、根掘り葉掘り聞かれてだったんだろうと思う 『まち工房たなぐら』という肩書の便利さ まちなか でブログに載せる写真を撮ったりすることが多々ある 知り合いに会い、「何で写真を撮っているのか?」と聞かれる (内心、写真を撮ることに理由は必要か?そんなこと聞いてどうすると思うし 聞いている方でも、たいして興味もないが、社交辞令的に話しているのだと思う) そこで「まち工房の・・・」と答えただけで「ふぅ~ん」って言って去っていく とても便利な単語『まち工房』 先日の『桜の音楽祭』のポスター掲示や告知に回った時の話し 主催は名もなき団体だが、何か名前がないとということで『チャリティー有志会若者一同』としたが 世間一般には全く認識されていない 何の実績もないので当たり前。 だから、ポスター掲示などに回って、「どこがやるの?」と聞かれて とりあえずは「チャリティー有志会若者一同」と答えて、その若者の説明をするが、いまいちピント来ないようなので 「我々だけでは微力なので商工会とかまち工房とかに協力をもらって」 と言った瞬間に納得した顔になる その程度でいいんだ でも、肩書がないと何もできないわけではないが、進みにくい ただ、『まち工房』という世間的に『団体名だ』ぐらいの認識しかない肩書でも あるだけで全く違う これがある程度の肩書 これは、ちょうど相田みつをで言う ![]() なけりゃ不便 あれば便利 な程度 自慢するための肩書ならいらない 肩書が欲しいがために行動するような肩書ならいらない 自分の信念で動いていたら、たまたま着いてきてしまった肩書なら理想 話しははずれますた ある人に言われました 『まち工房』って名前にすがってないで、『いとうあつし』という名前で通るようになれと わかる気がするが・・・ それは『まち工房』という肩書の元で活動した結果、『いとうあつし』という人間はそういう活動をしているんだと認識され、 通るようになり、でも、結局は『まち工房』という肩書が口には出さないが背後にはあるんだと思う ただ、『まち工房』で活動している『いとうあつし』というものが認識されただけ 『まち工房∈いとうあつし』という構図ができたぐらいの話しで 結局なんかしらの肩書は必要 でも必要以上に肩書はいらない 肩書が欲しいがためにする行動はいらない 肩書に関するちょっとしたお話でした 相田みつを が出てきたので、座右の銘見たいなの紹介しときます ![]() 自分は自分なんです 親父と比較されたり、世間一般人と比較されたりしますが 自分は自分なんです 自分が自分にならなかったら誰が自分になるんですか??誰が自分になれるんですか?? それが自分の色を出すということなんです 他人と同じ色を出そうとする必要ないんですよ それを同じ色を出させようとすることも間違っていると思うんです だから、自分は自分になります # by i_love_tanagura | 2011-06-01 10:46
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